大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

那覇家庭裁判所 昭和50年(家イ)360号 審判

申立人 林雅之(仮名)

右法定代理人親権者母 林夏子(仮名)

相手方 山形康夫(仮名)

主文

相手方は、申立人を認知する。

理由

1  申立人は、主文同旨の審判を求め、その事由として述べる要旨は、

(1)  申立人の母林夏子は、東京都○○市に住んでいたが友人の勤め先が東京都○○だつたため度々○○の友人のもとへ遊びに行き、昭和四四年三月相仁周と知り合い、交際を続け、昭和四四年五月東京都○○区のマンションで相仁周と同棲したが、一ヵ月後に相仁周と別れた。同年八月頃一度だけ会つたが、その後相仁周は○○県で強姦罪で逮捕され昭和四五年二月一七日東京地方裁判所で強姦、恐喝未遂の罪で懲役四年の刑に処せられ府中刑務所で服役した。昭和四四年八月以後現在に至るまで夫婦間の交渉は全く無く、昭和四五年八月に府中刑務所に離婚することについて相談するため相仁周に一度面会しただけである。

(2)  相仁周が在監中相仁周の弟夫婦が申立人の母林夏子を訪ねて来て相仁周と婚姻するよう懇請されたので申立人の母林夏子は、相仁周がその当時山田周平と呼称していたため日本人と思つて深く考えることもせず身元の確認もしないまま婚姻に同意し、昭和四五年三月四日婚姻届出をなしたものである。

(3)  相仁周が服役後まもなく申立人の母林夏子は、相手方と知り合い直ちに意気投合して昭和四五年三月一五日から東京都○○区○○△丁目○○番地の○△△荘で同棲生活に入り、再出発の意味で昭和四五年六月○○県△△市○○町に転居し、その間に昭和四六年二月二一日申立人が生れた。

(4)  前記の如く申立人は、真実林夏子と相手方との間に出生したものであるにもかかわらず、申立人の母林夏子と相仁周は法律上婚姻が継続しているため、申立人は、林夏子と相仁周との間の嫡出子であるとの推定を受けることになり、このままでは林夏子と相仁周との間の子として出生届をするほかないのであるが、かかる出生届は真実に反することになるので申立人は、まもなく満五歳に達し、来年は幼稚園の入園年齢に達するので審判により相手方の認知をえたうえ母林夏子より出生届を了し、その現在の戸籍に登載されたく、本申立に及んだ

というのである。

2  本件につき、昭和五一年二月三日に開かれた調停委員会の調停において、相手方が申立人を認知することにつき、当事者間に合意が成立し、その原因についても争がないので、当裁判所は、本件記録添付の各戸籍謄本、出生証明書、前科照会に対する東京地方検察庁犯歴課長検察事務官の回答書、当庁家庭裁判所調査官真喜屋勲作成の調査報告書並びに申立人の法定代理人親権者林夏子および相手方に対する審問によつて、必要な調査したところ1の(1)から(4)に記載したとおりの事実が認められる。

3  ところで法例一八条によれば子の認知の要件は、その父に関しては認知の当時父の属する国の法律により、その子に関しては、認知の当時子の属する国の法律によつて定めるべきものであるから相手方については、日本法によるべきであり、また、申立人は一応その母林夏子と韓国人相仁周との間の嫡出子と推定され、これを前提とする限り、その出生した時父が韓国籍を有するものと解されるから(大韓民国国籍法第二条)、申立人については大韓民国民法によるべきことになり、したがつて、本件認知の要件は、日本民法および大韓民国民法によるべきである。

4  そこで、本件認知の要件を日本民法および大韓民国民法によつて審査するに、日本民法によつても(第七七九条)、大韓民国民法(第八五五条)によつても、被認知者は、嫡出でない子でなければならないから、相手方が申立人を認知できるためには、申立人が嫡出でない子であることを要する。

法例一七条によると、子が嫡出であるか否かは、その出生の当時母の夫の属した国の法律によつてこれを定めることになつているので、前記認定のとおり、本件申立人が嫡出子であるか否かは、相仁周の属する大韓民国の民法によつて定まることになるといわなければならない。大韓民国民法第八四四条一項によると、妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定され、かかる夫の子すなわち嫡出子と推定される子については、同法第八四六条および第八四七条により、夫から子またはその親権者である母を相手方とする嫡出子否認の訴(出生を知つた日から一年以内に限る)のみによつて嫡出性を否認することができるのである。

しかしながら、この第八四四条の規定については、同趣旨の規定である日本民法第七七二条の規定についてと同様に、かかる嫡出推定は、子の懐胎期間中、夫が失踪宣告を受け失踪中とされるとき、または夫が出征中、在監中、外国滞在中などであるとき、あるいは夫婦が事実上離婚状態にあるとき等夫と妻との間における同棲交渉が欠如していることが外観的に明瞭である場合には、排除され、かかる場合には、子と夫との間の関係は嫡出否認の訴でなく、親子関係不存在確認の訴によつて争いうるものと解されている。

そうだとすると、本件申立人は一応母林夏子と相仁周との間の嫡出子であると推定されるのであるが、前記相仁周は、前記認定の如く、昭和四四年六月申立人の母林夏子と別居しその後○○県で強姦罪で逮捕され昭和四五年二月一七日東京地方裁判所で強姦、恐喝未遂の罪で懲役四年の刑に処せられ府中刑務所で服役したのであるから申立人の母林夏子と事実上離婚状態となつており、申立人の懐胎期間中母林夏子と前記相仁周との間における同棲交渉が欠如していることが外観的に明瞭であるから、前記の嫡出推定は排除されるものといわなければならない。そして前記認定の如く、申立人と前記相仁周との間には父子関係は存在せず、申立人の母林夏子は昭和四五年三月一五日から相手方と同棲し、相手方との間の子として申立人を懐胎し、分娩したのであつて、申立人は嫡出でない子であるといわなければならない。

そして、本件認知の申立は、日本民法および大韓民国民法が規定するその他の要件もすべて充足しているので、理由があるというべく、当裁判所は、調停委員佐久本永伯、同前田よし子の意見を聴いたうえ、家事審判法二三条に則り、主文のとおり審判する次第である。

(家事審判官 島袋平正)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例